鍵の最適化に向けて
小売業など店を明るくするだけで、売上が増えるそうです。
店の明るさには自信があったので、「こんなの楽勝」と思い、照度計で測ってみたら、1000ルクスを割っていました。
蛍光灯を3割ほど増やし、今は相当明るいお店になっています。
私の会社人生で、今まで3つの危機がありました。
ひとつはバブル崩壊(これが一番きつかった)、そして阪神大震災と長期入院です。
平成7年1月17日5時46分、私は朝風呂に入っておりました。
湯船が何度も50cmほど左右に揺さぶられました。
地震が終わったとき、これで街は壊滅状態になったに違いないと思いました。
結論から言うと、私の家と会社は潰れずに残り、無事でした。
実を言うと、この前の年の12月に、会社、個人ともに借入れを全部返し、無借金になっていました。
つまりバブルの清算は全部済んだところだったのです。
これがなければ、建物は無事でも、経営的に破綻していたに違いありません。
地震後の1週間ほどは、賃貸住宅を借りにくるお客さんで店内はごった返しました。
人の役に立ち、御礼を言われ、そして手数料という形で当社も潤うわけです。
そこに商いの原点を見た感じがしました。
地震のときに、足にけがをし、病院へ行きました。
患者の手当てにてんてこ舞いをしているお医者さんや看護婦さんの姿を見て、「こういう非常時に役に立てる職業の人はいいなあ。
それに比べると不動産屋は役に立たたんなあ」と思っていたのです。
それが予想を裏切り、ものの見事に人の役に立てたのです。
それまでは不動産業というものに、あまり誇りを持てなかったのですが、これ以降、俄然その存在に自信を持つことができました。
大地震後しばらくは、自然現象のあまりの恐ろしさに、人々はけっこう助け合っていたのですが、時がたつにつれ、だんだんとわがままも出てくるわけです。
深刻な問題がいくつも出てきました。
人間、一度に受けられる深刻な問題は、2つ半ぐらいが限度ではないかと思います。
5つも6つも重なってくると、神経が雑になってくるのがよくわかります。
しかし私は逃げませんでした。
自分でもよくがんばったと誉めてやりたい気がします。
ここで逃げていては、今の自分も、今の出口地所もなかったと断言できます。
あの経験は2度と味わいたくないと心底思いますが、それらの苦難を乗り越えた後、ぐんと成長した自分がありました。
もうひとつの危機、それは結核による長期入院です。
それまでの私は、「甲種合格、無茶苦茶健康体」でありました。
業界初の鍵がやってきました。ここの鍵は絶大な支持を受けています。
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Tue Dec 2 04:00 PM
